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ウクライナ戦争ーーー最善と最悪のシナリオ

 ウクライナにロシアが軍事侵攻してから、もう7か月が経ってしまいました。戦争は当初の予想を裏切り、ウクライナグ軍が攻勢を強め、泥沼化しています。これにより、両軍とも引くに引けない状態になっているのです。
 この文章を書いているのは9月27日ですので、この先どうなるか分かりませんが、この時点でのこの先の最善と最悪のシナリオを予想してみたいと思います。 
                                                              
 プーチンは先日、パンドラの箱を開けてしまいました。それは今まで軍事侵攻としていたものを、戦争に切り替えてしまったことです。
 ウクライナ側が予想以上に強く、占領していた地域が取り返されるという事態になり、それを打開するため、ロシア国民の若者(男性)や退役軍人に召集令状を出したのです。
 これに多くの国民が反発し、各地でデモが起こり、何千人という逮捕者を出す事態になっています。
 私は今後の戦況の最善と最悪のシナリオを予想しますが、その分かれ道は、このロシアの混乱がどうなるのか、にかかっていると思っています。
 最善のシナリオは、ロシアのデモが全土に拡大し、もう政権側が抑えきれなくなってクーデターが起こり、プーチンが暗殺されるか失脚することです。この戦争はプーチン個人が始めたことですから、その張本人がいなくなれば、ウクライナ側と何らかの妥協点を見いだし、戦争を終結させることもできるでしょう。

 一方、最悪のシナリオは、権力側によってデモが抑え込まれ、多くのロシア国民が戦場に送り込まれることです。しかしこのような状態で招集されたロシア兵の士気は低く、戦況を好転させることはできません。また、まやかしの国民投票で南東部4州をロシア領としているため(あくまでも現時点での予想)、この地域へのウクライナ側の攻撃はロシアへの攻撃と見なさざるを得ない状況になっています。
 ウクライナとしては、このような一方的な理不尽なやり方で領土を奪われることは認められませんので、ロシアとの全面戦争に発展してしまうでしょう。
 最悪のシナリオは、戦況が膠着状態になったり、ロシア側が不利になった時、それを打開するために核兵器を使うことです。ロシアが核兵器を使ったとしたら、欧米側はどう対処するのでしょうか。黙って見ていたら、2発目、3発目を使うかも知れません。それを阻止するため、強硬手段に訴えるーーーつまり核戦争が起こる。これが最悪の事態です。
 最善と最悪の間には、いくつかのシナリオがあるのでしょうが、少しでも最善に近づくために、現在デモを行なっているロシア国民にエールを送りたいと思っています。

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遊びは進化の証し

 我が家には「ティーカップ」と呼ばれる最も小さなトイ・プードル(2歳の女の子)がいます。この犬は遊びが好きで、小さなボールを持ってきて「投げろ」と要求します。私が投げると、走ってくわえてまた持ってくる。その繰り返し。よく飽きないなあ、と思うのですが、これが彼女の大好きな遊びです。
 他にもいくつか遊びがありますが、以前飼っていたパピヨンともよくサッカーをして遊んでいました。
 たぶん猫も、なにかにじゃれ付いたりする遊びをするのだと思います。そこで考えたのですが、他の動物たちも遊びをするのだろうかと。
 サルも木を飛び移ったりする遊びをするのかも知れませんが、それでは魚は?、亀やカエルは?エビやカニは?、貝は?、昆虫は?、これらの生き物は遊ぶことがあるのでしょうか。
 生物全般に言える二つの本能があります。それは生存と生殖です。生きるために常に食料を求めます。そして子孫を残すためにつがいの相手を求めるのです。
 ほとんどの生物は、この二つのことだけで一生を終えてしまうのではないでしょうか。そこに遊びが入る余地はないのではないかと思います。
 翻って、進化の樹の頂点にいる私たち人間はどうでしょうか?人生の多くの時間が遊びに費やされているのではないでしょうか。
 スポーツも運動系の遊びから発展したものですし、歌やダンス、楽器などの音楽も、その元は遊びでしょう。また室内で遊べるゲーム(将棋や囲碁、マージャン、トランプなど)もいろいろ人類は発明してきました。趣味の世界もそこに遊びの要素がなければ長続きしません。
 このように考えますと、遊びは進化の証しであるし、遊びに多くの時間を費やせる人は幸せな人だと言えるのではないでしょうか。なぜなら世界には戦争や災害で避難生活を余儀なくされ、生きることに精一杯で、遊びどころではない人たちがいるのですから。

安倍元首相銃撃事件の背景ーーー真実を曇らせるバイアス

 先日、安倍元首相が銃撃され死亡した事件は世間に大きな衝撃を与えました。当初、犯人の動機は政治的な信条なのかと思いましたが、どうもそうではないようです。
 世界平和統一家庭連合(旧統一教会)という宗教団体に入信した母親が、1億円もの献金をして家庭生活がメチャメチャになったことに対する教団への恨みだというのです。
 この宗教団体は霊感商法などで以前から問題のあった教団で、集団結婚式とか自由恋愛禁止など、世間の常識とは相いれない教義をもっています。

 さて、なぜ犯人の教団への恨みが安倍元首相に向かったのか??
私はそこに真実を見極める目を曇らせるバイアスがあったと思っています。この思い込みは誰でもあるもので、それにより私たちは真実になかなか行きつけないのです。この教団に関連する団体の集会にビデオメッセージを送っただけで、安倍元首相がこの教団の強力な後ろ盾だと、どうして思うのでしょうか?
 政治家というのは、明らかに反社会的な団体でない限り、票獲得のために関係をもとうとするものなのです。
 ただ皮肉にも、この教団への恨みを晴らすという彼の目的は、この襲撃事件によって達せられたのかも知れません。元首相殺害という大変大きなショックを世間に与えることで、その動機となった教団名を世間に知らしめ、教団に非難の目が向くようになったからです。この事件は教団にとって大きなダメージになったことは間違いないでしょう。
 もちろんこんな蛮行はけっして許されるものではありませんが・・・。

 さて、私がこの事件で興味を持ったのは、背景にある人々の心理的バイアスのことです。犯人の動機だけではありません。
旧統一教会の信者が、ツボや数珠、聖本などを世間の常識とはかけ離れた高額な値段で買ったり、土地や生命保険を解約してまで(破産してまで)教団に献金したり、結婚や恋愛が自分の意思でできないことなどに、どうして疑問を持たずに従ってしまうのか、ということです。
 洗脳という言葉がありますが、これはまさに洗脳状態であり、ある一つの信条や考えを絶対的に正しいものとしてしまう心理です。そしてそこに自分の人生の拠り所を求めてしまうのでしょう。不安を解消するために、ある人(教祖など)に依存し、自分の人生を預けてしまったわけです。
 このような事例は宗教に限りません。政治的なイデオロギーにも言えることです。右にしろ左にしろ、過激な思想の持ち主にはこのような傾向があると私は思っています。
 世の中の陰謀論といったものも、このたぐいです。たとえばアメリカのトランプ前大統領を熱烈に支持する一部の人たちは、この世界は闇の政府に支配されており、トランプはそれと闘っている英雄だという認識のもと、この前の大統領選挙は仕組まれた不正があったとして、国会議事堂を占拠する暴挙に出たわけです。
 また、昨今の新型コロナウィルスに関しても、この世界はロックフェラー財団とかロスチャイルド家という強大な勢力によって支配されており、人口削減を目的に、ワクチンの毒を人々に接種させる陰謀だという主張がネット上では飛び交っているわけです。
 これらの意見、主張は正しいのでしょうか。ひとつの主義主張の真偽を判断するためには、それと反対の意見に耳を傾けなくてはなりません。
 ネットなどで同じサイトだけを見ていたら、同じような意見だけにさらされてしまいます。一方だけの主張を聞いていれば、それが正しいものと受け取ってしまいます。
 ウクライナに軍事侵攻したロシアが、政府の考えを正当化するために、批判的なメディアを排除するのはこのためです。
 一方だけの主張を聞いていたら真実が見えなくなるのです。それが正しいものと盲目的に信じ込んでしまうーーーこれが洗脳の状態なのです。洗脳されないためには、物事を常に反対方向からも見るーーーこのような客観性が必要なのではないでしょうか。
 仏教開祖の釈迦は「自分の教えを盲目的に信じてはいけない」と言っていたそうです。自分の頭でよく考え、納得したら信じなさい、というのです。

「前向きに生きろ」と言うけれど

  人生長く生きていれば、色々な災害に遭い財産を失うことがある。
その他、愛する者の死、挫折、信頼していた人の裏切りなど、数え上げたらきりがないほど人生は苦悩に満ちている。そんな時、もう生きていくのがイヤになり、自殺したくなってしまう。
 でも人は言うーーー「きっといいこともあるよ。だから前向きに生きなさい」と。
 しかしこの言葉は何の答えにもなっていないのです。だってそうでしょう? 皆分かっているのですよ。ネガティブよりポジティブに、後ろ向きより前向きに考えたほうが幸せになれるし、人生楽に生きられると。
 でも分かっていながら、それができないから苦しいのです。

 こんな時の生きるヒントは、昨年亡くなった瀬戸内寂聴さんの次の言葉にあると私は思っています。彼女は言いましたーーー「あの世があるかどうか分からないが、あると思えば人生は楽に生きられる」と。
 死後の世界は科学的に証明されていませんが、私たちの本質である魂は死後も生き続け、また生まれ変わる(輪廻転生)と考えれば、人生観はガラリと変わってくるのです。
 今生の苦しみも、それは魂の浄化のプロセスであり、自分が主人公の映画を観るように、人生を俯瞰して見ることができるからです。

ゲルニカ

 もう10年近くになるだろうか。私はスペインのマドリードにある美術館でピカソの「ゲルニカ」を鑑賞した。「ゲルニカ」はスペイン内戦を描いたもので、ゲルニカという町で起きた惨劇をピカソ独特のタッチで描いている。
 この絵は美術本で見て感動していたが、ぜひ本物を見てみたいという衝動にかられていた。
 
 美術館のかなり広いホールは多くの人でにぎわっていたが、その壁にそれはあった。実物を見ると、思っていたよりかなり大きく、横長の絵だが、横幅は7~8メートルもあるのではなかろうか。人の頭より高い位置に掲げられていたので、私は20メートルも遠くから、その絵の全体を鑑賞することができた。
 その時の感動は今でも覚えている。圧倒的な絵の迫力に私は圧倒された。圧倒という言葉が続くのは文章的におかしいかも知れないが、それは私の感情そのままの表現だ。
 死んだ我が子を抱えた女がいる。実際にはありえない顔、ありえない目、ありえない手や足。ピカソ独特の表現で、その悲しみ、怒り、絶望がわたしの胸に突き刺さる。

 どのくらいの時間、私はその絵と対峙していただろうか。そして考えていた。ほとんどすべての人が平和を望んでいるのに、どうして戦争はなくならないのか。人類はなぜ同じ悲劇を繰り返すのかと。
 この21世紀になっても、愚かな戦争が起こっている。ウクライナに戦争を仕掛けたロシア。ウクライナでは多くの兵士だけでなく、女性や子供も死んでいる。ロシア兵にも多くの死者が出ている。
 この戦争を仕掛けたプーチンよ。あなたは「ゲルニカ」を見たことがあるのか。あるとしたら、この絵からなにを感じ取ったのか。